プラズマ技術を利用した植物免疫の活性化

~環境負荷の少ない植物病害防除技術の開発に期待~

2022/08/01

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科電子工学専攻 教授 金子 俊郎
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • プラズマ技術を用いて空気を材料として生成したN2O5(五酸化二窒素)ガスを植物(シロイヌナズナ)に処理することで、植物免疫のうちジャスモン酸とエチレンを介したシグナル伝達経路が活性化されることを明らかにしました。
  • N2O5ガスを処理した植物では、灰色かび病菌やキュウリモザイクウイルスの感染が抑制されることを示しました。
  • N2O5は水に溶解すると硝酸肥料にもなり、環境負荷の小さい持続可能な農業生産へ展開されることが期待されます。

概要

活性窒素種は植物免疫をはじめ、様々な生理現象に重要な機能をもつ反応性の高い物質です。N2O5は活性窒素種の一つですが、従来は合成およびその保管に技術的課題があり、生物に対する生理作用がほとんど知られていませんでした。

東北大学大学院農学研究科・食と農免疫国際教育研究センターの安藤杉尋准教授、高橋英樹教授、宮下脩平助教および、同大学院工学研究科・非平衡プラズマ学際研究センターの金子俊郎教授、髙島圭介助教、佐々木渉太助教らの研究グループは、プラズマ技術を用いた新たな植物病害抑制法を示しました。

金子教授らのグループはプラズマ技術を利用し、高濃度N2O5ガスを生成できる装置の開発に成功しました。そこでこの装置を利用し、安藤准教授と高橋教授のグループがN2O5ガスの植物免疫における機能を解析しました。その結果、N2O5ガス処理によって植物免疫に重要な生理活性物質であるジャスモン酸とエチレンのシグナル伝達経路が活性化され、灰色かび病菌やキュウリモザイクウイルスの感染・増殖が抑制されることが明らかになりました。

N2O5はプラズマ技術を用いて空気のみから低電力で生成できます。また、生成されたN2O5は水に溶けると、植物に肥料成分として利用される硝酸(HNO3)に速やかに変化します。本研究成果は、環境負荷の少ない次世代の植物病害技術として期待されます。

本研究成果は、2022年6月24日に米国Public Library of Science社が発行する科学誌PLoS ONEに掲載されました。

詳細な説明

プラズマとは固体、液体、気体に次ぐ第4の物質の状態であり、「電離した気体」と考えられる物質の状態を表します。金子教授らの研究グループは空気に高電圧をかけることでプラズマを発生させ、高濃度のN2O5ガスを生成する装置の開発に成功しました。これまでにN2O5ガスを効率的に発生させる技術はなく、N2O5ガスが植物など生体に与える影響はほとんど分かっていません。N2O5は活性窒素種の一つで非常に反応性の高い物質です。活性窒素種は植物の防御応答(植物免疫)においてシグナル伝達物質として重要な役割を持つことが知られているため、安藤准教授と高橋教授のグループでは、植物にN2O5ガスを処理することで植物免疫を活性化し、病害抵抗性を高めることができるのではないかと考え研究を行いました。

N2O5ガスを植物(シロイヌナズナ)の生育に悪影響を与えない条件で処理し、その後の遺伝子発現の解析をしたところ、植物免疫において重要な役割をもつ植物ホルモン(生理活性物質)であるジャスモン酸とエチレンのシグナルに関連する遺伝子発現が活性化されていることが明らかになりました。これらの中には、抗菌性物質の生合成に関連する遺伝子や抗菌性ペプチドの遺伝子が含まれていました。そこで、実際に植物の病害抵抗性が増強されていることを確かめるために、N2O5ガスを処理した植物に灰色かび病菌(カビの仲間)やキュウリモザイクウイルスを接種したところ、N2O5ガスを処理していない植物に比べて病原体の感染・増殖が抑制されることが明らかになりました。これらの病原体の抵抗性にはジャスモン酸やエチレンが関与していることが既に知られており、N2O5ガスはこれらのシグナルを強化することで病害抵抗性を増強したと考えられます。


上段:プラズマを用いたN2O5生成と植物への処理のイメージ。 下段:N2O5ガスを処理した植物における病害抵抗性誘導のイメージ。写真は葉の組織に菌糸が感染している様子(右側から)。N2O5ガス処理によってこの菌糸の伸展が抑制されます。

N2O5ガスの生成は空気のみを材料とし、低電力で可能です。また、N2O5ガスは水に溶けると速やかに硝酸に変化します。硝酸は植物が肥料成分として利用可能であることから、本技術の応用による植物病害防除は環境負荷が小さく持続可能な農業体系の構築に貢献できる可能性があります。今後、実用化を目指して装置や実験系の改良をしていく予定です。

本研究成果は、2022年6月24日に米国Public Library of Science社が発行する科学誌PLoS ONEに掲載されました。

研究支援

本研究は「新領域創成のための挑戦研究デュオ(Frontier Research in Duo(FRiD))、プラズマアグリ-機能性窒素を活用したサステナブルファーム-」、科研費(15K07307, 20K06045, 26292022)、新学術領域研究(研究領域提案型)-ネオウイルス学(16H06429, 16K21723, 16H06435)、研究拠点形成事業の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル: Activation of plant immunity by exposure to dinitrogen pentoxide gas generated from air using plasma technology
著者: 築舘大輝1、髙島圭介2、佐々木渉太2、宮下脩平1、金子俊郎2、高橋英樹1、安藤杉尋1
1: 東北大学大学院農学研究科, 2: 東北大学大学院工学研究科
掲載誌: PLoS ONE
DOI: 10.1371/journal.pone.0269863
URL: https://doi.org/10.1371/journal.pone.0269863

お問合せ先

< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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