東北大学工学研究科・工学部
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PRESS RELEASE

2009/06/04

知能デバイス材料学専攻の新田淳作教授等の研究グループは半導体中のスピン寿命の増大に成功しました

【概要】

東北大学大学院工学研究科の新田 淳作教授と同研究科の好田 誠助教、同研究科 博士課程1年 国橋 要司 日本学術振興会特別研究員らの研究グループは、半導体二次元電子ガス(注1)を細線構造に微細加工するとともにゲート電界でスピン軌道相互作用(注2)を制御することによりスピン寿命を1桁以上増大させることに成功しました。
本研究成果は、米国物理学会誌Physical Review Lettersの2009年6月2日Online版 で公開されました。


【背景】

電界効果スピントランジスタ(注3)を実現するには、電界によるスピンの制御とスピン緩和(スピンの情報を失うこと)の抑制が不可欠です。スピン軌道相互作用は電子スピンに対して有効磁場として働くためスピンを回転させることが可能となります。東北大学の研究グループではゲート電界によりスピン軌道相互作用を制御し、これまで磁場により制御されてきたスピンの回転角度を電界でスピン回転制御することに成功してきました。しかしながら、スピン軌道相互作用は、電子の散乱とともに有効磁場の方向を変えるため、スピンの向きはバラバラとなりスピン緩和の原因となります。一方、起源の異なる2つのスピン軌道相互作用を同じ強さにすることによりスピンの緩和が抑制され、スピン共鳴緩和抑制状態(永久スピン螺旋状態)(注4)が実現されることが理論的に予言されていました。米国のカルフォルニア大バークレー校、サンタバーバラ校、スタンフォード大学の共同研究チームは光学測定によりこの永久スピン螺旋状態の実現を観測したとの報告をNature誌(2009年4月号)に発表しています。しかしながら、スピン軌道相互作用のゲート電界制御ができていないためスピン軌道相互作用の異なったいくつかの試料を用意する必要がありました。東北大学のグループは、ゲート電界制御によりスピン軌道相互作用を制御し、精密な磁気伝導測定によりスピン共鳴緩和抑制状態を実現しました。


【研究の内容】

東北大学のグループは、米国研究グループが用いた半導体GaAsに比べてスピン軌道相互作用の強い半導体InGaAs二次元電子ガスを用いて細線構造を作製しました(図1)。1ミクロンメーター以下幅となる細線構造にすることにより電子の運動する方向が制限され、スピン軌道相互作用が作る有効磁場の向きはほぼ一定方向となりスピンの緩和が抑制されます。さらにスピン軌道相互作用を制御するためのゲート電極で細線構造を覆い、ゲート電界によりスピン軌道相互作用を変化させながらスピン寿命時間を磁気伝導特性により詳細に調べたところ、二次元電子ガスの場合に比べて1桁以上増大することに成功しました(図2)。この結果は、スピン共鳴緩和抑制状態(図3)が実現していることを示しており、電子散乱体の存在する半導体チャネルにおいてもゲート電圧によりスピンの向きをばらばらにしたり、一定方向にそろえたりすることが可能となることを示しています。


【今後の展望】

本研究成果により、半導体中のスピン寿命をゲート電界により自在に制御することが可能となりスピントロニクスへの応用が期待できます。たとえば、磁性体電極から半導体中へのスピン注入技術と組み合わせることにより電界効果スピントランジスタ(図4)や共鳴スピン緩和抑制トランジスタへの応用が期待されます。


【用語解説】

注1)半導体二次元電子ガス
結晶成長技術により異なった半導体材料のヘテロ構造により電子の集まる量子井戸を形成する。結晶成長方向は異なった半導体材料がポテンシャルバリアとなるため電子は移動できず、結晶成長方向と垂直な二次元面にのみ電子は自由に運動できる。

注2)スピン軌道相互作用
 電子スピンが電界中を高速に運動することにより、電界が有効な磁場に変換される相対論的効果。半導体二次元電子ガスを形成する量子井戸中の電界により生じるラシュバ・スピン軌道相互作用と結晶の作る電界により生じるドレッセルハウス・スピン軌道相互作用がある。ラシュバ・スピン軌道相互作用は半導体二次元電子ガスの上に形成されたゲート電極に電界を印加することにより制御可能であることが東北大学のグループにより検証されていた。

注3)電界効果スピントランジスタ
 電子スピンを注入・検出するための磁性体電極とスピンをゲート電界により回転するための半導体二次元電子ガスからなるトランジスタ(図4参照)。1990年Dattaらのより提唱されているが、まだ実現されていない。スピンを反転(180度回転)させるだけの小さなゲート電界でON−OFF状態を制御できるため高速・低消費電力化が期待されている。また、磁性体電極部を不揮発性メモリーとして使用することも可能。スピン寿命の増大により、スピンの回転が乱され難くなるため高性能なトランジスタ動作が可能となる。

注4) スピン共鳴緩和抑制状態(スピン永久螺旋状態)
 ラシュバ・スピン軌道相互作用とドレッセルハウス・スピン軌道相互作用の強さが等しくなるとスピン軌道相互作用の作る有効磁場の向きが電子散乱に依らず常に一定方向を向くためスピン緩和が共鳴的に抑制される状態。また、この状態を用いると電子スピンが空間的に一定周期で回転し続けるスピン永久螺旋状態が実現できる。


図1 作製したInGaAs細線構造の電子顕微鏡写真
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図2 スピン寿命時間のゲート電圧依存性
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図3(左) スピン共鳴緩和抑制状態が実現するとスピンの回転角度は距離のみに依存し散乱の影響は受けません。
図4(右) スピン共鳴緩和状態を用いると、スピン回転がそろうため高性能な電界効果スピントランジスタ動作が期待されます。 
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【論文名、著者名】

Enhancement of Spin Lifetime in Gate-Fitted InGaAs Narrow Wires
Y. Kunihashi, M. Kohda, and J. Nitta
Physical Review Letters, 102, 226601 (2009)


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