東北大学工学研究科・工学部
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PRESS RELEASE

2011/09/30

超高密度ハードディスク用巨大磁気抵抗素子の開発に成功−1平方インチ当たり5テラビット容量の次世代ハードディスクに適用可能な技術−

研究成果

この度、東北大学大学院工学研究科(工学研究科長:内山勝)の大兼幹彦准教授、安藤康夫教授らのグループは、1平方インチあたりの記録密度が5テラビットクラスの、超高密度ハードディスク (HDD) の情報読み出し用ヘッドとして期待が大きい、面直通電型巨大磁気抵抗素子 (以降CPP-GMR素子) の飛躍的な性能向上に成功しました。

現在、高性能ハードディスクの信号読み取りヘッドとして用いられている、強磁性トンネル接合素子の基本構造は、磁石の性質を持つ薄膜(強磁性膜)2枚で非常に薄い絶縁膜を挟んだ構造をしています。しかしながら、この素子構成では、信号出力は大きい反面、磁気ヘッドの高速データ転送に必要な低抵抗素子を実現することが原理的に困難でした。一方で、次世代のハードディスク磁気ヘッドとして期待が大きいCPP-GMR素子は、強磁性膜2枚で薄い非磁性金属を挟んだ構造をしています。従来のCPP-GMR素子は、オール金属で構成することで、低抵抗素子を実現可能な反面、磁気抵抗比が小さいことが大きな課題でした。今回、上記グループは、CPP-GMR素子の強磁性膜に、ハーフメタルホイスラー合金を用いることで、1平方インチ当たり5テラビットクラスの記録密度を有する、超高密度ハードディスクヘッドに適用可能な素子を世界で初めて開発することに成功しました。

現在、情報家電や携帯機器などへの大容量情報記憶へのニーズは益々増していますが、開発したハーフメタルCPP-GMR素子は、その要求を満たす超高密度ハードディスクの実現に、大きく寄与するものと期待されます。

本研究の一部は、総務省SCOPE「数Tbit/inch2磁気記録密度実現のためのオールホイスラー合金磁気抵抗素子の開発」、および、(米)Western Digital Corporationの支援を受けて実施されたものです。また、本研究成果は、名古屋で開催される国際会議「2011SSDM」に於いて注目論文として発表予定です。(発表日9月30日)

研究成果の背景

電子は電荷とスピンという二つの性質を持っています。スピンには上向きのスピンと下向きのスピンの二種類が存在し、それぞれ上向き、下向きの微小磁石の性質を持っていると考えることができます。従来のエレクトロニクスは、電子の電荷としての性質を利用して、様々な機能を有する電子デバイスを創成し、我々の社会に多大なる貢献をしてきました。しかし、電子デバイスに対する、高性能化、高機能化および省エネルギー化等への期待が益々高まっている現在、エレクトロニクス分野における技術革新が求められています。それを可能にする分野の一つが、スピントロニクス (または、スピンエレクトロニクス) と呼ばれる工学分野です。スピントロニクスは、電子の電荷としての性質に加え、スピンとしての性質を最大限に利用することにより、これまでとは全く異なる原理による新しい電子デバイスを創成することができるのです。

スピントロニクス分野において、最も重要なデバイスの一つはハードディスクです。ハードディスクは、多数の磁石でできた記録媒体と磁気ヘッドと呼ばれる素子で構成されています。それぞれの磁石の向きを、書き込みヘッドから出る磁界で制御することで情報の書き込みを行い、また磁石から漏れ出る、微小な磁界を読み取りヘッドで検出することで情報の読み出しを行なう仕組みになっています (図1)。ハードディスクの記録密度を向上させるためには、記録媒体中の磁石の大きさを小さくする必要がありますが、磁石を小さくすると、漏洩する磁界の大きさも小さくなるため、高感度な読み出しヘッドが必要になります。

読み出しヘッドの高性能化に最も寄与した成果の一つが、1988 年、P. Grunberg 博士とA. Fert 博士により発明された巨大磁気抵抗(GMR)素子です。GMR 素子は、強磁性薄膜と磁性を持たない非磁性金属薄膜の積層構造を有しています (図2(a))。磁気抵抗効果とは、外部から磁界を印加したときに、2枚の強磁性薄膜の相対的な磁化の方向に依存して素子の抵抗が変化する現象です。この効果が大きいほど、小さな磁界を大きな電気信号に変換することが可能になり、磁気ヘッドの性能が向上します。この巨大磁気抵抗素子の発見により、ハードディスクの記録密度は飛躍的に向上しました。この功績により彼らは2007 年にノーベル物理学賞を受賞しています。また、1994 年、東北大学の宮?照宣教授らによりGMR 素子よりも大きな磁気抵抗効果を示す、強磁性トンネル接合 (MTJ) 素子が開発されました。これは強磁性薄膜2 枚で非常に薄い絶縁体薄膜をサンドウィッチした構造をもっています (図2(b))。その後、産業技術総合研究所の湯浅新治博士およびキャノンアネルバ(株)により、MTJ の強磁性層としてCoFeB、絶縁層にMgO を使用することにより磁気抵抗変化率を更に大きくできることが報告されました。これらMTJ 素子が磁気ヘッドに応用されたことにより、ハードディスクの記録密度は益々向上しています (図3)。

しかし、記録密度の向上とともに、ヘッドの微小化が進むことで、MTJ 素子では解決困難な素子抵抗値の課題が鮮明になってきました。磁気ヘッドの抵抗値は、転送速度を向上させるために小さくする必要があるのですが、MTJ 素子では絶縁体を用いているために抵抗値を小さくすることが原理的に難しいことになります。また、素子抵抗値は、素子の断面積に反比例しますので、微小化とともに増大してしまいます。そこで、次世代のハードディスク用ヘッドとして面直通電型巨大磁気抵抗 (CPP-GMR) 素子への期待が高まっています。CPP-GMR 素子は、従来のGMR 素子と同様に、強磁性薄膜と非磁性金属薄膜の積層構造をもっていますが、素子の膜面直方向に電流を流すことが特徴です (図2(c))。素子の横方向に電流を流すGMR 素子に比べて磁気抵抗効果が原理的に大きくなり、また、すべての層が金属膜なので、低抵抗化に対して大きなアドバンテージを有しています。しかし、これまでのCPP-GMR 素子は、MTJ 素子に比べて磁気抵抗効果が小さく、また、次世代ヘッドに要求される値にも到達していませんでした。従って、CPP-GMR 素子における高磁気抵抗化のための、新しい技術(イノベーション)が必要であると考えられてきていました。

研究成果の詳細

本研究の開発グループはこれらの問題を解決するために、強磁性層にハーフメタルホイスラー合金を用いたCPP-GMR 素子を開発しました。ハーフメタルとは、ハーフメタル中を流れる電流を担う電子が、上向き、または、下向きのスピンのみを有する材料です。磁気抵抗効果は、強磁性層のスピンの偏極率 (上向きスピンと下向きスピンの割合) が大きいほど大きくなるため、ハーフメタル材料はスピン偏極率が100%の、いわば理想的な強磁性体材料といえます。ハーフメタル材料にもいくつか種類がありますが、本研究では、ホイスラー合金と呼ばれる規則合金に着目しました。ホイスラー合金は、X2YZ の組成で、L21構造と呼ばれる、原子が規則正しく配列した構造を有しており、室温でも高いスピン偏極率を実現可能な材料です (図4)。開発グループは、Co2(Fe0.4Mn0.6)Si ホイスラー合金/Ag 非磁性金属/Co2(Fe0.4Mn0.6)Si ホイスラー合金の三層CPP-GMR 構造において、室温で70%を超える非常に大きな磁気抵抗比を実現しました。図5 に、開発したCPP-GMR 素子の磁気抵抗曲線 (磁界に対する素子抵抗の変化率を示したもの) を示します。得られた磁気抵抗比は、他グループから報告されているCPP-GMR 素子のそれに比べて圧倒的に大きな値です。この大きな磁気抵抗比が得られた原因は、薄膜の成膜条件、熱処理条件等の最適化によって、高いスピン分極率をCo2(Fe0.4Mn0.6)Si ホイスラー合金で実現したこと、および、Co2(Fe0.4Mn0.6)Si/Ag 界面が原子層レベルで平滑で、かつ、清浄であることによります。図6 の磁気抵抗比と抵抗のグラフ中に、本研究成果の位置づけを示します。本研究で得られた、磁気抵抗比および素子抵抗値は、1 平方インチ当たりに5 テラビットの超大容量情報記憶が可能な、ハードディスクヘッドのターゲットエリアに世界で初めて到達しています。この研究成果により、今後の次世代磁気ヘッドの開発は、ハーフメタルホイスラー合金を用いたCPP-GMR 素子を中心に展開されていくものと考えられます。

用語解説

●ハードディスクヘッド
ハードディスクの記録媒体は、多数の磁石からなっており、その磁石からの漏洩磁界を検出するために用いられる磁気センサーを磁気ヘッドと呼ぶ。多数の磁石に記録されたデジタル情報パターンを磁気ヘッドによって検出し、電気信号に変換して情報の読み出しを行う。微小磁界を高い感度で電気信号に変換するために、磁気抵抗効果が大きい高性能な磁気ヘッドの開発が進められている。読み出し磁気ヘッドが高性能になればなるほど、微小な磁界信号の検出が可能となるため、ハードディスクの記録密度を上げることが可能となる。

●テラビット
bit(ビット)は情報量の最小単位で、2 進法の1 桁(つまり“0”か“1”)である。テラは10 の12 乗のことである。

●巨大磁気抵抗素子
厚さ数nm(nm は10 億分の1 メートル)程度の薄い非磁性金属体を2 枚の強磁性体の電極で挟んだ構造の素子を巨大磁気抵抗(GMR)素子という。素子の膜厚方向に電流が流れる素子をCPP-GMR 素子、素子の面内方向に電流が流れる素子をCIP-GMR 素子と呼ぶ。2枚の磁性層の磁化の方向が平行のときには、2 枚の電極間の抵抗が小さくなり、反平行のときには抵抗が高くなる。この現象を巨大磁気抵抗(GMR)効果という。この抵抗の変化量を磁化が平行のときの抵抗値で割ったもの(変化の割合を表す)を磁気抵抗(MR)比という。すべての層が金属で構成されているため、素子抵抗値が小さいのが特徴である。

●強磁性トンネル接合素子
厚さ数nm 以下の非常に薄い絶縁体(あるいはトンネル障壁)を2 枚の強磁性体の電極で挟んだ構造の素子を強磁性トンネル接合素子(MTJ)という。2 枚の磁性層の磁化の方向が平行のときには、2 枚の電極間の抵抗が小さくなり、反平行のときには抵抗が高くなる。この現象をトンネル磁気抵抗(TMR)効果という。この抵抗の変化量を磁化が平行のときの抵抗値で割ったもの(変化の割合を表す)をトンネル磁気抵抗(TMR)比という。

●ホイスラー合金
X2YZ という組成をもつ体心立方晶の合金である。X としてFe、 Ni、 Co など、Y としてMn、 Cr など、Z としてGa、 Ge、 Al、 Si などが入る。特にCo2MnSi などの組成の合金においては、伝導電子が完全にスピン偏極した (上向きか下向きの、どちらかのスピンのみが存在する) ハーフメタルとなることが実験的、理論的に示されている。

【お問い合わせ先】
東北大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻
准教授 大兼 幹彦(電話:022-795-7949)
東北大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻
教授 安藤 康夫(電話:022-795-7946)

【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
TEL/ FAX:022-795-5898
E-mail:情報広報室メールアドレス

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