東北大学工学研究科・工学部
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PRESS RELEASE

2012/02/13

世界初!気管繊毛の3次元構造を解明 〜 最先端電子顕微鏡構造解析技術・クライオ電子線トモグラフィー法 〜

1.概要

我々ヒトを含む哺乳類は、呼吸によってたくさんの量の空気を体内へ取り込んでいますが、この空気中にはインフルエンザウィルスなど、風邪や病気の原因となるウィルス・細菌が含まれています。我々は日々の生活を営む上で、常に感染の脅威にさらされていますが、肺の手前にある気管表面の繊毛運動によって、異物を体外へ放出しています(図1)。しかし、この繊毛運動がどのように駆動され、効率的に異物を排除しているのかは謎でした。東北大学国際高等研究教育機構(工学部兼務)の上野裕則助教らの研究グループは、スイス連邦工科大学の石川尚グループリーダー(現ポールシェラー研究所、シニア研究員)と共同で、クライオ電子線トモグラフィー法(*1,2)と呼ばれる、特殊な電子顕微鏡(CTと同じ原理で微細な物質の3次元構造を解析出来る・図2)を用い哺乳類(マウス)気管繊毛の3次元の内部構造を世界に先駆けて解明することに成功しました(図3)。この研究成果は、アメリカのナノ医学会紙Nanomedicine -Nanotechnology, Biology, and Medicine に掲載される予定です。


2.説明

近年、新型インフルエンザの流行が世界中で問題となるなど、空気を媒介したウィルス感染は日本だけでなく世界中で問題となっています。私たちの体には、呼吸によって取り込まれた異物を気管表面でトラップして繊毛運動によって除去する機能(クリアランス作用)が元々備わっています。この繊毛は直径約230nm(*3)、長さが5µm (*4)という、非常に小さな毛のような細胞小器官(*5)ですが、毎秒15回ほどで振動運動をすることが出来ます。しかし、この繊毛運動がどのように駆動され、粘液を効率的に輸送しているのかは謎でした。

東北大学国際高等研究教育機構(工学部兼務)の上野裕則助教らのグループは、スイス連邦工科大学にある特殊な電子顕微鏡を用いて、マウスの気管繊毛の3次元構造を明らかにすることに世界に先駆けて成功しました。この電子顕微鏡は試料を傾斜させながら撮影することが出来、得られた傾斜情報から画像解析技術によって3次元構造を再構成します(図2)。病院にあるCT(*6)と同様の原理ですが、解像度は数ナノメートルという非常に高い分解能を実現できます。繊毛構造は、基本的には9+2構造(*7)と呼ばれる対照的な構造と考えられていましたが、本研究により、気管繊毛運動の駆動力を生み出すモータータンパク質・ダイニン(*8)の分布が非対称的であることが分かりました。繊毛運動はモータータンパク質・ダイニンによって駆動されていることが既に知られていましたが、このダイニンには運動性の異なるものが1本の繊毛内に複数種類存在しており、今回それらの配置を気管繊毛内で詳細に解明する事が出来ました(図3)。鞭毛内のダイニンの配置は、緑藻類クラミドモナス(*9)の鞭毛と同様に非対称性があることが分かり、その非対称性の様式が生物種によって異なる事を発見できました。また、本研究では、最先端光学顕微鏡技術も導入し、量子ドット(*10)という半導体蛍光物質を使って1本1本の繊毛運動を約8ナノメートルという空間分解能で解析することにも成功しています。この運動解析から、繊毛運動自体も非対称運動をしていることが分かり、ダイニンの非対称的分布が繊毛運動の非対称性を生み出し、気管表面での一方向性の流れを引き起こすのに非常に有用であることが分かりました。本研究によって、詳細な気管繊毛のメカニズムが分かり、将来的には、風邪やウィルス感染を予防するための基礎医学的な情報源として、また、気管に関する薬の効率的な開発などに多大な貢献が出来るものと期待しています。


3.用語の解説

  • *1. クライオ電子顕微鏡法: タンパク質試料を液化エタンなどで急速凍結させ、物体の電子密度そのものを検出する方法。
  • *2. 電子線トモグラフィー法: 物体に様々な角度から電子線を照射し、3次元構造を解析する方法。CTの電子顕微鏡版。
  • *3. nm(ナノメートル): mm(ミリメートル)の 100万分の1。
  • *4. µm(マイクロメートル): mm(ミリメートル)の1000分の1。
  • *5. 細胞小器官: 細胞内である特定の機能をもった構造体。
  • *6. CT (Computed Tomography):放射線などを利用して物体を走査し、画像解析技術で内部3次元画像を得る機械。
  • *7. 9+2構造:2本の中心対微小管の周りに、9本の周辺微小管が取り囲んでいる構造(図3参照)。私たちの体の中には、他にも9+0構造という2本の中心対微小管のない構造がある。
  • *8. ダイニン: 細胞内に存在し、ATPを加水分解する活性を持った酵素タンパク質。このATP加水分解反応とともに、力を発生することが出来る。モータータンパク質には他にも、ミオシンやキネシンなどがある。
  • *9. 緑藻類クラミドモナス:2本の鞭毛をもった単細胞の生物で、葉緑体を持った緑色植物。鞭毛のミュータントが多数解析されている。
  • *10. 量子ドット:半導体結晶で、蛍光を発する微小粒子。

4.研究グループ

研究グループは、東北大学国際高等研究教育機構(工学部兼務)上野裕則・助教、東北大学大学院工学研究科バイオロボティクス専攻 石川拓司・准教授、スイス連邦工科大学博士課程Khanh Huy Bui、東北大学大学院医学系研究科 権田幸祐・講師、スイス連邦工科大学 石川尚・グループリーダー、東北大学大学院医工学研究科 山口隆美・教授からなります。


5.成果が報告された論文

Mouse respiratory cilia with the asymmetric axonemal structure on sparsely distributed ciliary cells can generate overall directional flow
Hironori Ueno, Takuji Ishikawa, Khanh Huy Bui, Kohsuke Gonda, Takashi Ishikawa, Takami Yamaguchi
Nanomedicine -Nanotechnology, Biology, and Medicine (2012) in press
論文のダウンロード先→ http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1549963412000111?v=s5


6.本研究は以下の研究事業の科学研究費補助金の成果の一部として得られました。

  • 独立行政法人日本学術振興会(JSPS) 若手研究(B)
    「気管上皮細胞による流れのナノ計測に基づく計算流体力学研究」
    研究代表者:上野 裕則(東北大学 国際高等研究教育機構・工学部兼務・助教)
  • 独立行政法人日本学術振興会(JSPS) 優秀若手海外派遣事業
    「繊毛・鞭毛内分子モーター・ダイニンの電子顕微鏡法による高分解能3次元構造解析」
    研究代表者:上野 裕則(東北大学 国際高等研究教育機構・工学部兼務・助教)
  • 独立行政法人日本学術振興会(JSPS)グローバルGCOEプログラム
    「新世紀世界の成長焦点に築くナノ医工学拠点」
    拠点リーダー:山口 隆美(東北大学 医工学研究科・教授)
  • 独立行政法人日本学術振興会(JSPS)基盤研究(S)
    「生体流れに関わる疾患の診断・治療・予防のための計算ナノバイオメカニクスの新展開代表」
    研究代表者:山口 隆美(東北大学 医工学研究科・教授)
    分担者:上野 裕則(東北大学 国際高等研究教育機構・工学部兼務・助教)

図1:マウス気管繊毛の光学顕微鏡写真
毛のような束が繊毛です。
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図2:クライオ電子線トモグラフィー法
左が実際の電子顕微鏡で、真ん中の試料台が回転しています。右は原理の模式図です。
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図3:マウス気管繊毛の3次元構造
9本の周辺微小管と2本の中心対微小管からなります。水色と紫色が分子モーター・ダイニンです。 オレンジ色はラジアルスポークと呼ばれ、繊毛運動の細かな調節をしていると考えられています。
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【研究内容の問い合わせ先】
東北大学 国際高等研究教育機構(工学部兼務) 上野 裕則・助教
〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-11
Phone: 022-714-8514
Fax: 022-795-6959
E-mail: h-ueno◎pfsl.mech.tohoku.ac.jp(◎は@に置き換えてください)
HP : http://www.pfsl.mech.tohoku.ac.jp

【お問合せ】

東北大学工学研究科・工学部情報広報室
TEL/ FAX:022-795-5898
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