これまでになかったものを共に創る「協創研究所」

電動車が急速なスピードでガソリン車から代わろうとしている中、電動車にとって必要不可欠であるモータは
さらに高性能化、省エネ化が求められています。
モータに関わる研究者と企業がタッグを組んでこの挑戦に挑みます。
それが「愛知製鋼×東北大学 次世代電動アクスル用素材・プロセス共創研究所」の使命です。

磁石の特性を追求し、モータの性能を向上させることで省エネを目指す磁石の特性を追求し、モータの性能を向上させることで省エネを目指す

みなさんの身の回りにある携帯電話、冷蔵庫、エアコン、自動車、産業用ロボットなど、ありとあらゆるものを動かしているものに「モータ」があります。モータは電力を動力に変換することができるのですが、モータの中には永久磁石が入っていて、コイルに流れる電流による磁力と磁石の磁力が引き合ったり反発しあったりして、モータの回転が生み出されています。つまりモータの性能は磁石によるものが大きく、その性能を上げることによって製品の小型化や省エネに寄与することができて地球環境を守ることにつながります。
現在、人類が直面している問題に地球温暖化がありますが、その原因とされるものにCO2があります。例えば、家庭におけるCO2の排出量の約50%が電気、25%がガソリンによるものとされています。すなわち、電気を使えば使うほどCO2の排出量が増えることになり、電力消費量の削減や電動自動車等への切り替えが切望されています。実際に日本における消費電力の約60%がモータで消費されていると言われ、このモータの効率を1%上げるだけで小型原子力発電所1基分が作り出すエネルギーを省エネできると試算されています。

磁石の性能を上げるためにはメカニズムや現状の問題点の解決だけでなく、利用されている製品内にある周りの装置との連動も重要です。例えば、高速回転しているモータでは、磁石内に渦電流によるジュール熱が発生して高温になってしまうため、磁石の性能が落ちてしまいます。したがって磁石には耐熱性が求められ、周りの装置には磁石を冷却するための装置も必要となります。もちろん、その装置やモータ自体に用いられる材料も高温や高速回転などの極限環境に耐えることができる性能をもった素材でなくてはなりません。
東北大学は1917年当時、世界最強かつ世界初の永久磁石である「KS鋼」を本多光太郎先生が生み出し、そして、東北大学出身の佐川眞人氏が現在の世界最強磁石であるネオジム磁石を生み出しました。磁石研究の叡智を世界に還元することは東北大学の使命とも言えます。

企業と共にこれまでになかったものを創り上げる ―共創研究所の設立―企業と共にこれまでになかったものを創り上げる ―共創研究所の設立―

東北大学は2021年10月にトヨタグループ唯一の素材メーカーである愛知製鋼株式会社とともに「愛知製鋼×東北大学 次世代電動アクスル用素材・プロセス共創研究所」を「共創研究所」制度の第一号として設立しました。カーボンニュートラルの実現に向けた次世代モビリティ時代を見据えた研究開発を共同で行っていきます。
共創研究所のコンセプトは産学連携を効率的に行い、企業とともに成果を出すために学部や分野を越えて研究開発に挑むことです。東北大学と愛知製鋼の共創活動のテーマは「次世代電動アクスル時代を見据えた研究開発活動の推進」です。電動アクスルとは電動車を動かすために必要なモータ・インバータ・減速機を一体化したもので、従来の自動車のエンジンにあたります。愛知製鋼独自のジスプロシウムフリー ボンド磁石「マグファイン®」と高強度素材を融合させることにより、高速・小型軽量化の実現を目指していきます。

杉本 諭教授

現在の電気自動車に用いられているネオジム磁石は、磁石の粉末を焼き固めた「焼結磁石」であるため、高速で回転するモータでは先に挙げた渦電流による性能低下が避けられません。この対策として、「焼結磁石」中に耐熱性を上げる性能がある「ジスプロシウム」という元素が添加されています。このジスプロシウムはレアメタルと呼ばれる気象元素のひとつで、主として中国でしか産出されないため、外交問題が発生すると価格が100倍にも高騰するなど資源リスクを抱えています。これでは量産化にあたり安定した価格で多くの人に使ってもらうことが難しくなる可能性があります。そういった事態を避けるためにも、ジスプロシウムを必要としない磁石材料が求められています。
そこで私たちは、高い電気抵抗のため渦電流による発熱が抑えられ、かつ高い成形性をもっている樹脂の特性を生かし、この樹脂とネオジム磁石の粉末とを混ぜ合わせる樹脂結合型磁石、すなわち「ボンド磁石」に注目しました。ボンド磁石であれば、高速で回転しても発熱しないのでジスプロシウム供給の問題点を解決できるだけでなく、樹脂の高い成形性からモータにも設計自由度が生まれて、その高性能化を目指すことができます。このボンド磁石用粉末の作製方法にはネオジム磁石粉末における水素の吸収と放出を利用した方法(HDDR法)がありますが、私たちはこの際の水素の圧力をコントロールすると粉末の磁力が強化できることを見出しました。愛知製鋼はその量産化に成功した企業です。 ボンド磁石は従来の焼結磁石よりも磁力が弱くなります。しかし、モータに組み込んだ際にモータの回転数を1万7千回転から2倍の3万4千回転まで上げることでその性能を同等まで向上させることができます。これは先に説明したようにボンド磁石は電気抵抗が高く、高速回転の際に高温になりにくい素材であるからです。
さらに高速回転が可能になると、モータの高効率化だけでなく小型化もできるようになります。モータを小型にすることで装置全体も小さくすることができ材料コストが下がるだけでなく、自動車の中のスペースをさらに広くすることができたり、自動車の軽量化により燃費を向上させることができたりと、様々な可能性が広がります。

カーボンニュートラル実現に向けた「素材・プロセス共創研究所」カーボンニュートラル実現に向けた「素材・プロセス共創研究所」

世界は地球環境を守るため「カーボンニュートラル」というテーマで加速して動いています。カーボンニュートラルとは温室効果ガスの排出ゼロを目指すものですが、排出量をゼロにすることは難しいため、植林や森林管理などによりCO2吸収量を向上させ、排出量と吸収量をバランスさせることで2050年までに実質ゼロにすることを目標としています。
東北大学では1997年の京都議定書において、温暖化に対する国際的な取り組みが義務付けられた時からCO2の排出量削減に注目し、研究に取り組んできました。
大学は時代のニーズに合わせて研究の方向性を進化させていますが、基礎研究の場、教育の場である大学単体では革新的なイノベーションを起こすことに限りがあります。またイノベーションによって生み出されたテクノロジーが多くの人に使ってもらえるように量産化、システム化への道を切り拓いていかなければなりません。
企業、地域、国外、新しい人材、そして行政と協力しながら、イノベーションに取り組むことが重要です。世の中が目まぐるしく変化する中、それに伴い進化することで社会貢献に寄与することが大学の役割の一つだと思っています。

これまでの産学連携のあり方に変革をもたらすこれまでの産学連携のあり方に変革をもたらす

産学連携とは文字通り、産業(企業)と大学が連携することですが、大学は基礎研究の場であり、そして教育の場であるのに対し、企業は利益を追求するという目的の違いがあります。また、製品開発を目指すにあたって、多岐の分野に渡る研究開発が必要になりますが、大学という組織では、学部を超え多分野の研究者が集って共同研究を推進することには困難な点がありました。このような状況を踏まえ、東北大学と愛知製鋼はそれぞれ運営支援責任者と運営総括責任者を置き、「組織」対「組織」の強固で幅広な連携へと展開することを目的とした「組織的連携協定」を締結したのです。例えば、私は磁石を専門にしていますが、モータと変速機が組み込まれた電動アクスルを効率よく動かすにはこの部品を総合的に捉える必要があります。東北大学は総合大学ですので、あらゆる分野の研究者が在籍しており、モータ、素材、部品に至るさまざまな専門の研究者がいます。
このような観点から、共に研究開発することを可能にした共創研究所の役割は大きくなっていて、現在、愛知製鋼と同じように東北大学とブリヂストンや東北電力との共創研究所も立ち上がるなど、さらに新しい案件が続いています。

新しい時代をつくる共同体として新しい時代をつくる共同体として

愛知製鋼×東北大学 次世代電動アクスル用素材・プロセス共創研究所は2021年10月にスタートしたばかりですが、すでに高い磁気特性を実現できることを確認し、この仕組みの有効性が実証されています。
また、共創研究所にとって重要なのは、これからの科学技術を支える次世代の担い手を育成しながら、研究開発に取り組んでいることです。杉本研究室では愛知製鋼から出向されている社会人ドクターと特任教員には、学生とともに切磋琢磨していただいています。確かな知識を持った研究者をともに育成することは、実は研究室の学生にとっても大きな研鑽につながります。
さまざまな立場、経験を持った者たちがノウハウや知識を共有し、惜しみなく議論を交わすことで、研究開発に注力し、なによりも研究者や担当者自身がワクワクできるような仕事をすることでイノベーションを起こせるのではないかと信じています。

東北大学大学院工学研究科 知能デバイス材料学専攻 杉本 諭教授

杉本 諭
杉本 諭 SUGIMOTO, Satoshi

研究キーワード

磁性材料、永久磁石、高周波磁性材料、電磁波吸収体、ナノ組織制御

1982年 東北大学工学部金属材料工学科卒業、1984年 同大学院工学研究科博士前期課程修了。1984年 東北大学工学部助手、1990年工学博士(東北大学)、1992年 東北大学工学部助教授、1997年 同大学院工学研究科助教授を経て、2006年同教授。2014年-2022年東北大学レアメタル・グリーンイノベーション研究開発センター長(兼任)、2018年東北大学副理事(産学連携担当)(兼任)。他に日本金属学会会長、日本磁気学会会長、全国材料関係教室協議会会長などを歴任。
日本金属学会増本量賞、日本磁気学会業績賞、粉体粉末冶金協会研究功績賞などを受賞。永久磁石材料、電磁波吸収体など磁性材料における高性能化・高機能化・新材料開発に関する研究に従事。

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