スピントロニクスでこれまで見えなかったものを見る!

スピントロニクスを活用したセンサーで脳磁場を見ると、『てんかん』を起こす脳の異常箇所を検知したり、
てんかん発作を事前予測したりすることができます。
将来的には、脳磁場をセンサーで受信し、信号に変えることで、ロボットを思いのままに動かしたり、
自分の考えそのものを他の人に伝えたりすることができるようになるかもしれません。

小さな磁場を見ることができるスピントロニクス小さな磁場を見ることができるスピントロニクス

東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 大兼 幹彦教授

スピントロニクスとは、「スピン」と「エレクトロニクス」を組み合わせた造語で、「スピン」は電子の回転運動に対応します。電子の回転運動を活用すると、これまで見えなかった非常に小さい磁場を検出することができます。小さい磁場を持つ代表的な例は、生体からの磁場です。特に「脳磁場」はとても小さく、永久磁石の一兆分の一もの大きさであるため、これまでは検出することが非常に難しかった領域でした。我々は、スピントロニクスを使ったセンサーを開発し、脳の状態を見ることを可能にしました。

東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 大兼 幹彦教授東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 大兼 幹彦教授

脳の中では、電気信号がやりとりされています。脳の状態を調べるためには、脳波という電気信号を調べる方法をよく使いますが、直に電極をつける必要があり,、脳波を調べてもどこに異常があるのかなど詳細な異常箇所の特定はできません。
我々が研究対象としている磁場であれば、直接電極を設置させなくても検査が可能です。例えば、センサーを帽子やヘルメット型にして被れば、「ウエアラブル」として常時装備することができます。脳を調べるという検査方法においては、ウエアラブルであるということは大変重要な要素なのです。
脳を検査する際によく使われるMRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像)撮影装置は「超伝導磁石」を用いて、強力な磁場をかけることによって、人の体の中で何が起きているのかを精密に画像化することができます。しかし、この現象を利用するには、液体ヘリウムでマイナス269℃に冷却したニオブチタン合金製の超伝導を使用する必要があるため、巨大な装置と大きな電力が必要となります。さらに、磁気を持つ金属や人体に影響を与えるため、大きな装置を隔離できる部屋も必要です。MRIなどの装置を導入するには数億円、さらに年間のメンテナンス費が数千万円かかると言われています。我々が開発しているスピントロニクスを使ったセンサーは、導入に数百万円程度。メンテナンス費もほとんどかかりません。室温でも機能し、小型で軽量、さらにエネルギー消費も少ないのでウエアラブルとして使うことができます。常に装着することができ、異常が起きた際に病院などに信号を飛ばすことも可能となります。

『てんかん』を予測し、治療を可能にするウエアラブルセンサー『てんかん』を予測し、治療を可能にするウエアラブルセンサー

『てんかん』を予測し、治療を可能にするウエアラブルセンサー東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 大兼 幹彦教授

例えば、『てんかん』という脳の病気は、けいれんやひきつけ、意識障害などの発作が前触れもなく起きます。命を即座に脅かす病気ではないかもしれませんが、いつどこで起きるわからないてんかん患者は、運転免許を取得することもできません。世界中にてんかん患者は多数おり、日本だけでも約100万人の患者が存在していると言われています。
スピントロニクスを使ったセンサーを活用すれば、てんかんが起きる予兆を検知できるので、患者さんは安全な場所に移動する時間を確保できますし、自動的に病院に情報共有されるような仕組みを構築することもできます。
てんかんにはいくつか分類があり、脳の特定の部位が引き金となり発作を引き起こすタイプの場合は、その部位を取り除くことにより治療が可能ですが、その部位を特定することは簡単ではありません。なぜなら、検査をするための脳磁場測定装置が日本に数台しかないからです。しかも、この装置で原因となる部位を特定するためには、発作が起きている時に検査をする必要があります。
一方、我々が開発したセンサーでは、小型かつ低消費電力を実現できるため、常時装着し、発作が起きた時に原因部位特定することが可能となります。原因部位が外科的な手術で除去可能な場所であれば、てんかんは治療できる病気になります。
現在、東北大学病院の脳磁場の権威である中里先生とともに、実用化に向けて共同研究を進めています。また、このプロジェクトはコニカミノルタや三菱電気、東北大学発ベンチャーであるスピンセンシングファクトリーと共同研究を進めています。
当初はコニカミノルタや旭化成エレクトロニクスと一緒に心臓のセンサーを開発していました。心臓は脳より磁場が大きく、検知がしやすいのが特徴です。心臓のどの部分で異常が起きているのか、スピントロニクスのセンサーで磁場を見ることができます。心臓や脳にも、それぞれ小さな磁石であるスピンが存在していて、同じ方向を向いています。そこにセンサーを当てると、センサーのスピンはその磁場に反応し、向きを変えます。これを電気信号に変換することで、見えないものが「見える」というわけです。

大兼 幹彦教授

考えていることをセンサーで読み取り、ロボットを動かす考えていることをセンサーで読み取り、ロボットを動かす

東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 大兼 幹彦教授

今後は、検知までの時間を短縮し、もっとノイズを少なくすることにより、さらに正確な脳の情報をリアルタイムで検知し、その情報を発信することができるようになります。
例えば、センサー付きの帽子をかぶるだけで、脳内の思考が信号化され、遠くにいるロボットを動かしたり、仮想空間でアバターを動かしたりすることができるようになるでしょう。
これまで見えなかったものを見えるようにするだけではなく、見えたものを信号に変え、それを伝達することで、人の役に立つ技術を生み出していけます。
脳の信号を体に伝達できず自力での動作や発話が難しい方が、この技術の応用により、頭で考えた通りに体を動かしたり意思疎通することができるようになるかもしれません。

非破壊検査で暮らしの安全を守る非破壊検査で暮らしの安全を守る

また、このセンサーは建造物などの「非破壊検査」にも大変有効です。橋桁などに使われる鉄筋コンクリート内の鉄の破損箇所をセンサーで、高性能に、そしてより深層まで見ることを可能にしました。これまでの非破壊検査は15 cmほど内側を見るものでしたが、橋などの構造物に使われる鉄筋はコンクリートで補強されているため、15 cmの厚みを超えています。私たちのセンサーは50cmほどの厚みがあっても精度よく見ることができるので、これまでは見えなかったものが見えるというわけです。 スピントロニクスのセンサーはコンクリートの中の鉄筋の磁性に反応します。鉄筋が破断したり、錆びて腐食したりするとそこから磁場が漏れ出し、センサーはこの漏れ出した磁場を検知するのです。さらに、このセンサーは、軽量かつ室温で稼働できるため、常設しモニタリングすることが可能でます。従来の方法では熟練の技術を持った検査員が目や耳を使い定期的に検査していましたが、このセンサーでモニタリングできれば、構造物を使う人の安全だけではなく、検査をする人の安全をも守ることができます。

非破壊検査で暮らしの安全を守る

「脳を見ること」は未来へのキーテクノロジー「脳を見ること」は未来へのキーテクノロジー

東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 大兼 幹彦教授

「スピン」とは電子の回転運動のことですが、まだまだ分かっていないことがたくさんある分野です。これからも、この物理現象をいかに理解して、新しい技術に応用するかということを、楽しみながら行っていきたいと思っています。センサーで「脳を見ること」は、これからの未来のキーテクノロジーとなることでしょう。これまで実現できなかったことができるようになる技術が、2030年、2050年の未来の生活を、もっと便利に、もっと安全にしていくと考えています。

東北大学大学院工学研究科 応用物理学専攻 大兼 幹彦教授

大兼 幹彦
大兼 幹彦 OGANE, Mikihiko

研究キーワード

スピンエレクトロニクス、量子磁気センサー、磁性薄膜、トンネル接合、MRAM

2003年 東北大学大学院工学研究科 博士後期課程修了。博士(工学)。2004年 東北大学大学院工学研究科 助手、2007年 同 助教、2010年 同 准教授、2022年 同 教授。東北大学高等研究機構先端スピントロニクス研究開発センター兼務。2022年 Korea University客員教授就任。
2012年 第22回トーキン科学技術振興財団研究奨励賞、2021年 みやぎ産業科学振興基金研究奨励賞などを受賞。

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