下水水質で感染症発生を検知ー水循環を土木工学のチカラで支えるー

世界中で猛威をふるう新型コロナウイルス感染者数の実像を知ることが難しい中、
下水処理場の水に含まれるコロナウイルスの数から、1週間先の感染者予測ができるようになりました。
生活を支える上下水道システムは土木工学の研究により、改善したり、危険予測をしたりすることで
もっと安全に、もっと持続可能にすることができます。

生活や社会に不可欠な水循環を土木工学で支える生活や社会に不可欠な水循環を土木工学で支える

東北大学工学部工学研究科 環境水質工学研究室 佐野 大輔教授

人が生きていくために欠かすことのできないものの一つが水です。山に雨が降り、ダムに貯水された水は浄化されて上水道を通り、さまざまな場所で利用され、そして使われた水は汚水として、雨水とともに下水道に流れていきます。また、降りすぎた雨が街中で溢れたりしないように整備したり、水道管を維持管理したりといった水に関するさまざまな仕組みがあります。これら上下水道の仕組みのすべてに関わっているのが土木工学の分野です。私は命と生活を支える水システムの安全性や危険予測などを研究テーマにしていますが、その中で現在、特に力を注いでいるのが下水中の新型コロナウイルスの検出と感染者数の予測です。

下水のウイルス量を知ることで危険回避につなげる下水のウイルス量を知ることで危険回避につなげる

下水道にはトイレからの水を含む生活排水が流れてくるので、下水システムを利用してノロウイルスの検知と感染拡大予測の研究をし、下水中濃度データをウェブサイトで公開してきました。ノロウイルスに感染した人の排泄物に含まれるウイルスは下水処理場に流れ着きます。下水処理場の水を調べることで、その地区の感染状況を割り出すことができるため、これからどれくらいノロウイルスが流行するのかがデータ上から見えてくるわけです。実はノロウイルスが市中に出回り始めてから、たくさんの人が感染する状態を指す「流行」を我々国民が知るまでには1ヶ月ほどの時間差がある場合があります。その間には、患者が病院を受診しノロウイルス陽性と診断を受け、患者数が保健所に報告され、その増加数により“流行の兆し”と判断するというステップがあります。しかし、実際にノロウイルスが出始めた頃に手洗いや消毒励行などの注意喚起ができれば、感染者数拡大を最小限に食い止めることができる可能性があります。現在、この情報は自治体を始め、学校やさまざまな施設などで役立てていただいています。

佐野 大輔教授

新型コロナウイルスへの応用 -下水中のウイルス量から感染者数を予測-新型コロナウイルスへの応用 -下水中のウイルス量から感染者数を予測-

東北大学工学部工学研究科 環境水質工学研究室 佐野 大輔教授

2020年、新型コロナウイルスが流行し始めた頃に、下水中ノロウイルス濃度情報発信システムを応用できないかという話が持ち上がりました。まず、検討しなくてはならないのは検査方法です。未知のウイルスですから、下水からどのように検出するのか、そしてどうやって検査するのか、といったことがまったく確立されていない状態からのスタートでした。水環境学会では即時に私を含む20名の専門家のタスクフォースが組まれ、すぐに対策に動き出しました。
現在、東北大学は上下水道分野を中心とした建設コンサルタント会社である株式会社日水コン、山形大学、そして北海道大学と共同でシステムを確立し、仙台市の協力のもと、下水処理場で採取した下水サンプル中の新型コロナウイルスを検査し、この処理場が網羅する地区の感染者数予測を行なっています。
検査方法が確立できると、もともと日水コンと大学チームでノロウイルスの検知と情報発信を行なってきたため、新型コロナウイルスへの応用は比較的スムーズでした。
週2回、仙台市沿岸部にある南蒲生浄化センターで採取した下水がバイク便で運ばれてきます。それをPCR検査して、ウイルス量を確認します。

ノロウイルスのシステムで発信するのは濃度情報であるのに対して、新型コロナウイルスのシステムで発信している情報は感染者数の具体的な予測値です。これを可能にしているのが、2021年に構築した「下水中の新型コロナウイルス濃度から感染者数を推定するための数理モデル」とAIによる機械学習です。これまで蓄積されてきたウイルス量と感染者数経時変化のデータをAIに学習させ、1週間後の感染者数予測を立てています。使用する下水は40mlだけです。これを遠心分離機にかけ、沈殿物をPCR検査をするという手順で、その日のうちに検出ができるようになりました。
新型コロナウイルスの特徴である「手」の部分(スパイクタンパク質)は水の中の浮遊物に吸着しやすいため、実はノロウイルスより検出方法はシンプルであることがわかりました。ただし、新型コロナウイルスは、流行するタイプが次々と変化します。ノロウイルスの場合も年ごとにウイルスのタイプに差がありましたが、新型コロナウイルスの変化はもっと大きいようです。。しかも感染していても排泄物にウイルスを含む感染者とそうではない感染者がいたりと、ノロウイルスでは見られない傾向があることが分かっています。また、現在(2022年2月時点)猛威をふるっているオミクロン株については、どれくらいのウイルスが下水に流れ込むのかは、検査してデータが取れ始めるまではわかりませんでした。
新型コロナウイルスは日々変化し、未知のことが多いため、感染者数の予測は簡単ではありませんが、AIの機械学習のインプットをアップデートするなどして、より精度を高めていきたいです。次のステップとしては、温度、湿度、天候などの気象条件やさらには政策による影響などを反映できたらと考えています。

水を安全に届けるための危険予測水を安全に届けるための危険予測

蛇口をひねると水が出るのは当たり前でしょうか?実は日本は高度経済成長期に敷設した水道管が各地で老朽化し、どこで破損してもおかしくないと言われています。例えば、和歌山県では老朽化した水道橋が崩落し、6万世帯への水の供給が止まってしまいました。これが事前に予期できていれば、被害を未然に防げたかもしれません。
水道管は地中に張り巡らされているため、掘り出しての検査や入れ替え作業をすることは容易ではありません。そこで、地中にある状態で破損などの危険予測ができたらどうかと考えました。劣化や老朽化につながる原因を検知し、事前に対応することができれば、被害を未然に防ぐことが可能です。水道管の劣化には水道水質のわずかな違いが影響するとの仮説を立てて、各浄水場の水質と水道管の厚みの相関を調べ、事前予測を行うことを試みています。

広大なダムの水質管理のために衛星を活用広大なダムの水質管理のために衛星を活用

東北大学工学部工学研究科 環境水質工学研究室 佐野 大輔教授衛星

広大なダムの水質を管理するにはどうしたらいいでしょうか?例えば、衛星からの情報を使って、水質変化を検知し、藻の発生を事前に防ぐことができないかと考えています。藻は夏に気温が上がり、光合成が活発になるとダムのどこかで繁殖をしますが、藻の影響を取り除くのは非常に難しいため、発生させないことが何よりの対策になります。
藻の発生には水質と水温の変化が関係します。ダムの各ポイントを検査すれば予測はできますが、これを広大なダムで漏れなく行うには大変な労力を要します。そこで、衛星からダムの水質と水温の変化を検知して、藻が発生しないよう事前に水質改善を図ることができないか研究を続けています。

社会の今と未来を支える社会の今と未来を支える

東北大学工学部工学研究科 環境水質工学研究室 佐野 大輔教授

土木工学は「今」の課題を解決したり、より良くしたりするだけでなく、私たちの子供や孫、その先の子孫の社会にもつながる分野です。今は水道の蛇口をひねれば、当たり前のように水が出ますが、将来それが当たり前ではなくなるかもしれません。
課題は大きく二つあります。“新しく作る”ことが優先された高度経済成長期に集中的に整備された水道管や下水管などの老朽化は待ったなしの状態で、解決しなければならない喫緊の課題です。また、将来的に同様の問題を抱えないためにも、持続可能な街づくりをしていかなければなりません。こうした課題を地道に解決していくことが土木工学の使命であり、とてもやりがいのある分野だと思います。

東北大学工学部工学研究科 環境水質工学研究室 佐野 大輔教授

佐野 大輔
佐野 大輔 SANO, Daisuke

研究キーワード

水系感染症 ノロウイルス 腸内細菌 藻類 薬剤耐性 水インフラ

2003年 東北大学大学院工学研究科土木工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。同年 日本学術振興会特別研究員(PD)、2007年 日本学術振興会海外特別研究員(バルセロナ大学生物学部微生物学科)、2009年 北海道大学准教授、2015年 バルセロナ大学客員准教授(兼務)などを経て、2017年 東北大学大学院工学研究科土木工学専攻准教授、2018年 同大学院環境科学研究科准教授、2021年4月 現職。2022年12月 東北大学工学研究科下水情報研究センター長就任。
2008年 文部科学大臣表彰若手科学者賞など受賞歴多数。

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